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大阪高等裁判所 昭和37年(ラ)10号 決定

抗告人 近畿土地開発株式会社

相手方 平山重一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は、「原決定を取消す。本件不動産競売開始決定はこれを取消す。申立費用は第一、二審とも相手方の負担とする。」との裁判を求めた。

抗告理由は別紙の通りであり、これに対する当裁判所の判断は左記の通りである。申立人の主張する抵当権被担保債権の額が、競売申立人が主張し、是認された額よりも少額であるとの事由は、競売手続の開始を違法ならしめ、その開始決定を取消すことを必要とする理由となすことができない。けだし、抵当権実行による不動産競売の趣旨は、要するに目的不動産に設定された抵当権が実行段階に入つたことにより、被担保債権の弁済をうけるために(終局目的)、右抵当権に基いて義務者の不動産を換価即ち競売(直接目的)する点に在つて、競売開始決定の主たる内容も、右の趣旨に副い、特定の目的不動産を法定の競売手続に付する旨を宣言して、物件所有者に右手続上要請される一定の拘束を加える趣旨を出でず、その開始要件も債権及び抵当権が目的物について存在し、履行遅滞により抵当権者が換価権を取得したことを以て足り、この段階では、債権額の確定も、主として右開始要件を充足するためにその具体的存在を確認するにつき必要があるのであつて、それは同時に競売申立人が競売手続により獲得すべき実質的利益の範囲を示すものではあるけれども、競売手続の開始にあたり、それが当事者間に寸毫の差異もなく確定していることは必要でなく、競売裁判所が開始段階でこれを不動のものと確定することも必要でなく、損害金の増加、一部弁済その他事情の変動により、その将来の増減(実体権利関係そのものの反影)はむしろ予期せられているといつて差支なく、その正確な数額は、他の諸種の手段により配当段階までに確定せられることを以て足るのである。これが、抵当権実行のための競売には確定債務名義を必要としない所以でもあり、その結果でもあるのであつて、競売裁判所はその独自の判断により、債権の具体的数額を判定し、抵当権の存在を確認して、競売開始を為すべきか否かを決するものである。固より競売裁判所が開始決定において一応判定した債権の額は、その後の競売進行の過程において手続上の基準となり、民事訴訟法第六七五条の準用部面その他において参酌される基礎となり得ることは勿論であるが、競売手続は換価から配当までに及ぶ一連の非訟的手続であり、各段階において必要な非訟的裁判がなされるものであつて、前記基準の当不当は当初の競売開始そのものを阻止し得べき事由となるものではなく、後続処理の正否はその判断の機会にその都度別個に判定検討されて充分であり、結局、被担保債権の完全消滅即ち各目的物件についての抵当権の消滅を来さざる債権の増減(抵当権不可分の原則適用)、多寡、その判断の誤差は、競売そのものの開始、続行を妨げ得る事由とならないものというべきである。これを実務の実際に就いて見るも、競売開始当時主として申立人が一方的に提示した資料により開始決定に表示される被担保債権額が、真実のものと相違(微差、大差に拘らず)があり、それが開始当時に正確に確定されぬ限り、競売の開始、続行が悉く拒否されるとするならば、必ずや競売手続の渋滞は目に余り、抵当権の機能、実効性は甚だしく損われるに至るであろう。

以上の理由により、抗告人の主張は採用できず、他に本件競売開始決定を違法とする事由は見出されないので、抗告人の異議は失当で、これを棄却した原決定は正当であり、抗告は理由がない。よつてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 岡垣久晃 裁判官 宮川種一郎 裁判官 大野千里)

抗告理由

一、原決定は、申立人の昭和三六年(ヲ)第三四二七号不動産競売開始決定に対する異議申立事件につき、昭和三六年一二月二六日、その決定をして、その申立人の異議を排斥する根拠として、「競売法による競売手続は、担保権実行のための手続きであつて、被担保債権の額を終局的に確定する手続きではないのであるから、たとえ債権額について争があつても、被担保債権が一部でも存在し、担保物件が存在している以上、競売裁判所としては右担保物件実行のための競売手続きを続行すべきものであつて云々」という判断をしている。

しかし、右の裁判所の考えは、左の理由によつて甚だ失当である。即ち

1、被担保債権が全然不存在(借り受けたことなし、或は弁済した)であるとして、異議申立をした場合、裁判所は如何なる取扱いをするか。抵当権の登記があることを理由に競売手続きを進めるであろうか。被担保債権が不存在であるという主張は、その背後に抵当権は無効であるとの主張があるのであるから、裁判所としては、その主張の当否、即ち被担保債権の存否につき、口頭弁論を開いて審理すべきであろう。そうでなければ、もはや異議申立制度はその存在の意義がなくなるであろう。

2、仮りにそうであるとすれば、本件事案の如く、二五〇万円の内、その一部である一一六万円しか被担保債権が存在しないと主張する本件の場合においても、事は同様であろう。即ち抵当権は、被担保債権一一六万円を上回る部分については無効であり、二五〇万円の登記のある抵当権は、もはやその競売手続においては、その力働性を発揮し得ず、動き得るのは、一一六万円にしかすぎない。而して、その主張の如く果して一一六万円の被担保債権にすぎないのか否かは、裁判所において審理しなければわからないはずである。「競売手続は、被担保債権を終局的に確定する手続ではない」としても、被担保債権の存否は、その抵当権の有効無効を来す以上、副次的に、その被担保債権の存否を判断すべき事になつて来る。以上の理論は、抵当権の附従性から当然導かれるものである。

3、競売法第一七条に基く異議申立制度は、手続上の理由は勿論、実体上の理由に基いても主張し得るとすれば(此の点争はない)被担保債権の存否は勿論、その額の一部不存在を主張する場合でも、有効に、その異議は立ち得ると信ずる。

4、本件決定の理由の如く、本件の場合、異議申立が認められないとすれば、そして申立人に、別件仮処分によつて競売の停止を求める保証金がない(ないからこそ、競売となつたのである)場合、裁判所は、そのまま競売を続行し、競落許可決定を出し、その金額を相手方主張の如く全部配当してしまつたならば、後で真実一部しか被担保債権が存在しないことが判明すると、極めて不正義な結果が生じるであろう。そして裁判所は、一部無効の抵当権にも拘らず、その疑があつた(一部無効の主張があつたから)にも拘らず、一方的に競売を進めたこととなり、競売を許すべからざるに拘らず、その続行を許したことにはならないであろうか。

以上要するに被担保債権の一部不存在の主張は、その根拠において抵当権も無効であるという主張を当然包含するものであつてみれば、原決定は甚だ失当たるを得ず、同旨の古い福岡地裁の決定(判例総覧強制執行競売法)も又誤りと言わなければならない。

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